宝塚シネ・ピピアでアンコール上映決定!
10月20日~11月2日
上映時間など詳しいことは宝塚シネ・ピピアのホームページをご確認ください。
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■3月に渋谷アップリンクで行われた試写会に渡辺えりさんが来てくださいました!

・渡辺えりさんトーク

感激しました。田舎に帰らず演劇を続けようと決意させられました!

まず感想ですが、感激しました。昨年、盛岡弁で全部喋る舞台をやったんですけど、方言を暗記するのも大変でした。 私は山形出身ですけど、山形弁をいっさい忘れて新たに覚えるだけでも大変なのに、63才から84才までの方たちが、ブロードウェイでやっちゃおう! と決意した。それもすごいんですけど、やっていって楽しくなって、英語でみんな喋っちゃったって言うところもすごいと思います。私は演劇が好きで、小さいころからの夢ですから、今もやり続けることができるんですけど、へこたれちゃって、もうやめたいな~、帰ろうかな~、とかしょっちゅう思っています。実は震災の後、芝居は自分のエゴでやっているような気がして、ボランティア活動をしたほうがいい、やめようかと真面目に思ったんですけど、この映画を拝見して、やっぱり頑張らなきゃ、自分が演劇をやってそれで慰められる人、癒される人もいるでしょうし、それによって元気を持ってくれる人もいるだろうから、自分は田舎に帰らないで演劇を続けるって決意させられた映画です。

今を生きている凄さ 小さくても目的を持ってないと人間は生きられない

皆さん、本当にいろんな御苦労なさったと思うんですよ。<今を生きている>その凄さを感じました。今なにげなく<いる>ってことはホントに力のいることだし、勇気のいることだと思うんですね。
演劇をやるってことで、明日も生きられる。どんな小さなことでも目的を持ってないと人間は生きられないんだなー、ということを感じた映画でした。

印象に残った場面

84歳の帰国子女だったという方が、本当に楽しそうに最初の挨拶をして、お客さんに大ウケだったじゃないですか。あそこが忘れられない。それと、演出家の若い人に、元庭師の方が質問するところも印象に残りました。「ここはこうじゃないですか」とこだわって、セリフのおかしいところを質問している姿。あれは、一般の役者が演出家に訊く態度とは違うんですよ。芝居が自分の生活の一部になっている。芝居が生活の中にあって、今、仕事をしていることの一環となっていて、まじめに打ち込む姿勢が、会社から仕事を背負ってそこにいるというところの面白さ。そういう感覚が私達にはない。どこかに就職して、職場から帰って芝居の稽古をするというわけではないですから、最初から演劇人であることに甘んじているというか、なんというのかな、演劇をやるのが当然だみたいな。そのスタイルが傲慢だったと反省させられました。ああいう風に、緻密に自分の仕事をするように、緻密に台本を読み込んでいこうとする、おかしなところはすぐに質問をする姿勢は大事だと思いました。

芝居の内容でニューヨークの観客を感動させた素晴らしさ

公演後に観客が日本の死生観がよくわかったという感想を言いますよね。それが心に残りました。戯曲そのものの内容が伝わったということじゃないですか。普段、演劇をやってないシニアの人が演じた、というキワモノというんですか、それで感動したのではなくて、きちっと戯曲が伝わり、お客様を感動させたというのが素晴らしいと感じました。戯曲自体がどういう内容なのかは分からないのですが、火葬場の待合室が出だしだというのはセンスがいい、と思います。いつ死ぬか分からない年齢じゃないですか、63才から84才と言ったら死と向き合う毎日を送っている。それをきちっと客観的にとらえて、火葬場で今出会いたい人が生き帰り、白装束で会話するところから始まる。色んなことを話すところから始めるというのが、とても面白い発想だなと思います。芝居全部を見たいと思いました。

伝わった日本人の死生観-お能の世界 生者も死者も同じ空間で会話をする

日本人の死生観、つまり生きている人も、亡くなっている人も同じ一つの空間の中で会話している。つまりこれは能の文化だと思うんです。お能の世界では死者もやってくる、花も木も風も人になって現れ、それぞれが同価値であって、人間と対等の空間のなかで形作られているということだと思うんですね。ギリシャのパルテノン神殿は、自然と人間が対立していて、空に向かって柱がボンと突き立つような設計をするけど、日本の場合は風景を活かすような設計をするというので有名。つまり、建築物もそうだし、もともと日本はアミニズムの国ですから神様がいっぱいいて、草花も風も木も神様だというとらえ方というのが遺伝子的に連鎖して、今日まで続いていると思うんですけど、それが戯曲の中に反映されて、それがアメリカのお客さんに伝わったのが素晴らしい、と思いました。

・倉田操監督と秋田啓子さんを交えて鼎談

倉田操(監督)
実はえりさんとお会いしたのは今日が初めてではないんです。富良野塾15期生で、15年くらい前ですが、僕が塾の掃除をしていた時に、えりさんがお客さんとしていらっしゃって、立ち止まらずに挨拶をしたら、スタッフに怒られたので、よく覚えているんです。それ以来、人に挨拶をする時は立ち止まってするようになりました。
渡辺えりさん
若い人は皆そうですよ。この映画では皆さん年配の人だから、きちっとしているじゃないですか。日本のいい部分をとらえていますよね。

「すずしろ」と監督との出会い

渡辺えりさん
倉田さんは富良野塾を卒業して、地元に帰られて演出をすることになったそうですが、きっかけは?
倉田操
富良野塾から大阪に帰ってきて、小劇場に出たりしていたんですが、子供達に演劇を教えるために劇団を作りたい人がいる、と紹介されたのが秋田啓子さんだったんです。秋田さんに次は高齢者の劇団作りをしたいと言われて、当時僕は27歳だったんですけど「親よりも年上の人を相手に教えられません」、と言ったのですが、「いい経験になるから」と言われて渋々受けました。まずはワークショップから始めて、参加者の中から劇団ができました。手探りだったんですけど、えりさんもおっしゃったように、皆さん真面目に演劇に取り組まれて、真面目にセリフが覚えられなかったり、真面目にとちるんですね。それがとても美しくて面白かったんです。それで、続けましょうということで劇団ができ、指導者として、という経緯です。
渡辺えりさん
段々面白くなったんですね。ブロードウェイを目指そうと思ったきっかけは何だったんですか?

ブロードウェイを目指した理由

倉田操
当時ぼくは有名になりたいと思っていたんです。子供劇団もシニア劇団もいいけど、僕は東京に行きますよ、と言って。東京に住みながら、月に1回「すずしろ」の稽古のために帰っていました。初めは60才以上というとおじいちゃん、おばあちゃんというイメージで、いっしょくたでした。自分は若いつもりでしたので、おじいちゃんおばあちゃんを手伝えることがあれば、みたいな驕りがあったのかもしれないけど。月1回帰るたびに僕が元気をもらっていました、芝居に対する純粋さや一緒懸命さで。で、これを僕一人で楽しむのはもったいない、より多くの人に観てもらいたいな、と思ったので、テレビ制作者の友人に「企画にならないか」と相談したら、シニア劇団は面白いけどパンチがないから、嘘でもいいから「50、60はハナタレ小僧、目指せブロードウェイ!」とつけたら企画書としてはイケル、本気で目指さなくていいから、と言われたんですけど、僕はピンときて、「目指す!」と。シニア劇団の方には相談もなく。

軽い気持ちだった

渡辺えりさん
勝手にきめちゃったのに、どうしてみんなはブロードウェイに乗っちゃったんですか?
秋田啓子(劇団「すずしろ」創立者)
最初はそんなン目指せないと思ったんですが、なぜかすっと入ってきた。60になって今までやったことないことに挑戦できる。話しだけでも面白いし、そういうことに巡り合った自分も楽しいし、できなくてもともとだから、冥途の土産にやってみるか、くらいの気持だったと思います。
渡辺えりさん
ちょっと軽い気持ちで?
秋田啓子
そうです。こんなしんどいことになるとはよもや思ってなかった
渡辺えりさん
やってよかったという思いは?

一生の宝物になった 可能性は挑戦する気持ち次第

秋田啓子
もちろんです。一生の宝物というか。自分で言うのもおかしいですけど、私達の年齢でも、可能性というのは挑戦する気持ち次第である、というのを学びましたし、ニューヨークのお客様とか、「すずしろ」を応援してくださる人がいるというのが、伝わっているからすごく幸せなことだと感謝しています。
渡辺えりさん
第2回公演、3回公演の予定はないのですか?
秋田啓子
実はトロントからオファーが来たんです。・・・なくなったんですけどね。ニューヨークの翌年だったんです。みんな疲れちゃったから、「2年後ではどうですか?」とトロントに訊いたら都合があわなくて、なくなっちゃったんです。
渡辺えりさん
公演は震災前だったじゃないですか。震災があったから、劇団でニューヨーク行って義援金集めたらいいんじゃないかと思っちゃった。
秋田啓子
自分達が毎年行くよりも、シニア劇団がいますごく増えているので、色んな劇団が毎年ニューヨーク行ったらいいと思います。ニューヨークのお客さんがすごく喜んでくれたので、毎年シニア劇団が来るのはいいじゃないかなと思いました。

ミサオマジック 怒鳴らない

渡辺えりさん
おもしろいですね。戯曲もよかったんじゃないですか。どなたが書かれたんですか?
倉田操
プラチナペーパーの堤泰之さんの『煙が目にしみる』
秋田啓子
既存の脚本なのですが、「すずしろ」仕様に変えてもらって。もともと私が大好きな話しだったので。
渡辺えりさん
オリジナルじゃなかったんですね。たまたま一致団結する人々が集まったということですか? それともちょっと登校拒否児童みたいな人も頑張れよ、って頑張った感じなんですか?
秋田啓子
劇団は思ったより団員の入れ替わりが激しい。ミサオ(倉田監督のこと)マジックと呼んでいるんですけど、どのメンバーにも嫌われないんです。
渡辺えりさん
最初に脅さないってことですね?
秋田啓子
すごい優しい。怒鳴られたこともないし、上手な芝居をしろと言われたこともない。ホントの感情がこもってないと「何もない」と言われます。真剣にやりなさい、と。
渡辺えりさん
途中で降りた人がいましたけど、理由は何だったんですか?
秋田啓子
4人とも、理由は違うんです。自分を追い込んで行って‥男性って割と融通がきかないところもあって、自分が変わることについていけない人、ご主人が病気になったという人、それぞれの人生があります。
渡辺えりさん
プロの集団だと親が死んでも行かなきゃいけないじゃないですか。

「すずしろ」の会則 親の死に目に逢いましょう!

倉田操
「すずしろ」には会則があるんです。「親の死に目に逢いましょう」。
渡辺えりさん
なるほどね、だから続けられる。
秋田啓子
家族が一番大事ということで。犠牲にしてまではしない。
渡辺えりさん
『げげげのげ』という私の芝居があるんですけど、長久手のアマチュアシニア劇団がやったのを見に行ったんですよ。とても面白くて、舞台上でのアフタートークで「よかったよかった」って感想を言おうと思って行ったのに、自分が書いたものだからこだわりがあるので、「あそこが違う」とか思わず言っちゃって。80何歳の人に「もっと命がけでやってもらわないと困ります!」とか「違う、そういう意味じゃないんだ」とか泣きながら喋ったりしちゃった。「どうして男役を女性がやったのか?キャスティングがおかしい」とか1時間半くらい興奮して話してしまった。
(場内爆笑)
倉田操
倉本先生(富良野塾塾長)は一語一句変えるなという方なので、そのようにいきましょう、と最初は思っていたんですが、シニアの方はセリフが覚えにくいので、途中からは、ストーリーを入れてくれればセリフが変わるのは気にしなくていい、と。「セリフを覚えました」という発表会ではないので。
僕はいいものを作りたい。結果がどうなるとしても、いいものを作るんであれば僕は一緒にやりますと言っています。
渡辺えりさん
その人がそこにいなくちゃダメだから、それで嘘があっちゃいけないというのは同じですね。
そういえば昨日、エロチシズムが感じられないとか言っちゃった(場内爆笑)。そうじゃなくて、それで成り立つような演出をしなくちゃいけないということなんですね。
秋田啓子
渡辺さんの『光る時間』をやろうとしていたんですが、
渡辺えりさん
ホントですか? やっていただきたい。
秋田啓子
老兵が沢山出てくるので男性団員が少なくてできなかったんです。でも今の話しをお聞きすると、また怒られそう(笑)。

目的があるから頑張れる

渡辺えりさん
演出家が経験していないことを役者陣が経験しているってすごいですよね。昨日も満州から引き揚げてきたと言う人が、セーラー服を着て子供の役を演っていたんですけど、やっぱり違うんですよ、存在感が。満州でどんなひどいことがあったかは、一生言わないで墓場まで持って行く。その代わりに演劇を演るんだと言うんですよ。演劇は暗喩比喩の世界だから、言わないでも伝わる。それで演るんだと、80代の方がおっしゃったんですよ。それは演劇にしかできないですよね。つまりその人が立ってらっしゃるだけで人生がわかる。それでジンときますから。そういった意味で、勉強になったんじゃないですか?
倉田操
一番初めに、試演会をした時、思った以上にお客さんが感動されて。ふとした一言に重みがあり真実味があったんですよ。ベテランの役者さんと共演したことはありますけど、長いこと役者しているのであくまでも役者さんなんです。でも「すずしろ」のメンバーは長いこと一般の人をやってるので、ふとした瞬間に完璧なんですよね。
渡辺えりさん
役者って生活感がない。日常のことができない人が多いんですよね。
この映画の人たちは、仕事でイヤなことでも頑張ってきたから、他人が見えないところでやっていても苦じゃない。それをそのままやってもらうとそう見えるんですよね、役が。映画の素晴らしいところはそこだ、と思ったんです。佇まいだけで何もしなくても面白いんですよね。もと帰国子女の方が登場するだけで面白い。特別な雰囲気をお持ちですよね、あの方。
秋田啓子
一番元気です。
渡辺えりさん
素晴らしいですよ。明日これをやろうという目的があるから、頑張ろうって思うんでしょう。今は夢を持ちにくい時代になっちゃった。今はイヤな物しか見えない。30代の方はどう思いますか?
倉田操
シニア劇団と一緒だと元気をもらう。若い人はあまり熱い話しをしない。シニア劇団のメンバーと話しをしいると「3月はあーしましょう、こうしましょう」という話しになる。だからシニアと若い人が組むことによってもっと楽しいことができるんじゃないかな、と今は思っています。
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